濱崎道子 書の世界



知られざる美しき交流
―新発見の手紙と合作作品―
「川合玉堂と清水比庵」展 オープン!!
2008/5/13(火)-6/15(日)10:00-17:00
玉堂美術館・櫛かんざし美術館・いもうとやの3館
主催:玉堂美術館

ギャラリートーク
2008/5/31(日)13:30-16:00
会場:小澤酒造酒蔵 青梅市沢井2-770 沢井駅下車徒歩5分

1. 田中正史(小杉放菴記念日光美術館)「比庵歌の原点日光と歌人としての確立」
2. 宇佐美江中(日本画家)「御嶽時代の偶庵と比庵」
3. 座談会「川合玉堂・清水比庵の知られざる美しき交流」
  ・浦野榮一(文化財調査委員・俳人)・小澤恒夫(玉堂美術館館長)
 ・清水保夫(元青梅美術協会会長)・杉本 洋 (日本画家)・ 司会 清水義光 (美術家)

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2004年06月29日

天 命

右手が使えず不自由をしている。
昨日の夕方、作品展搬出の時、思いっきり右肩を床に打ち付けてしまった。額を二枚持ち勢いよく足を踏み出した途端に、高さ50cm程の仕切りを飛び越え、床に倒れていた。
咄嗟のことで、自分でも何がなんだか分からない。
が、折れていたらどうしよう。右手が使えなくなったら、という不安が脳裏をよぎった。
いつも上ばかり見て歩く性癖が出てしまったというのか。
休日のため、近くの救急病院で診察を受けた。
若い当直医は、くわしく症状を聞くこともなく、湿布を貼り、一日分の痛み止めと三角巾を渡し、明日に、また来るように言った。

翌日、かかり付けの整形外科に行き、「ひびがはいっているかな。」といわれながら、こわごわのレントゲン撮影。
結果は、運良くというのか、不幸中の幸いと言うのか、骨には異常がなかった。
「ああー、良かった。ああー、良かった」と診察室で大声をあげてしまった。
「ここ二、三日湿布をして三角巾で吊っておいてください。痛むようなら痛み止めをだしますよ。」
昨日の若い当直医と同じ診察結果がでたのでありました。

このところ、右手を酷使しすぎてていたかもしれない。
働きすぎの右手を、しばらく休養させるための天命だったのかな―

2004年06月21日

気の気

雨風が強くなってきた。
台風6号が今朝四国に上陸 。
昼過ぎには横浜に接近。雨、風が急に強くなってきた。
「今日のお稽古はどうしますか」の電話に迷わず「いたします」と。
わたしは、なぜか大風が吹くと、不思議なパワー・気を体中に感じる。
ヒュウヒュウと泣く風に、バリバリと大木がなぎ倒される響きに、もりもりとパワーが湧いて来る気がする。
特に大字揮毫では自ずから気が漲り、意識下以上の気力を覚えるのだ。
稽古には半数しか集まらなかった。
座席は円形にし、互いに顔が見えるようにした。
ビル風の鳴る室内に、何時とはなしに外気の「気」が漲り、会員の中には、「気」を取り入れ過ぎ、息苦しさを覚える人も出る始末。稽古の終わる頃には、皆がいつもより気迫ある「書」を仕上げたのも「気の気」と関係がないとは言えないような気がするのだが、
如何なものだろうか。

2004年06月16日

104歳の禅師

永平寺の78世貫首、宮崎奕保(えきほ)さんの禅修行を続ける姿をNHKスペシャルで見た。
永平寺の不老閣に住まい、104歳の今でも、毎朝3時半に起床し、40分の座禅、また夜も1時間20分の座禅を続けられているという。
実に驚異的な生き様である。

「学ぶということは、まねをすること。」
11歳から93年間の座禅の修行を「3分5分の座禅」と称し、「一日まねして一日のまね、二日まねして二日のまね、一生まねして一生のまねは、ほんまもんや」と、淡々と語る口調には何の衒いもない。
「座禅とは何か」の質問に、「まっすぐということ(背筋、首筋をまっすぐ)、正直ということ、心身一念、心もまっすぐということ。そして平常底(日常)である。即ち、日常の生活が座禅であり、只管打座(黙って実行すること)」だと。
さらに、「座禅時の心境は」の問いに、「何も考えない。一息一息のほか、何かを考える余分はない。欲は克服し、息と一つになること。」
69歳で結核を患った時、正岡子規の「病状六尺」に、平気で生きていることの悟り、平気で生きていることの難しさを知ったと言う。
日に2~3巻の写経をし、すでに800巻になるという。
「自然は立派、実に規則正しい」と言われる禅師の日常は、まさに「禅」そのものである。





3行伝言板