濱崎道子 書の世界


 
2007年9月
- YEBISU GARDEN PLACE 13th Anniversary Event -
    『書(KAKU)~想い、筆にのせて~』を開催

9/24(祝)に濱崎道子が出演します。
詳しくは 、 ガーデンプレイスをご覧下さい

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2005年05月21日

城山歌碑

siroyamas.jpg
笠岡市・城山歌碑『清水比庵-歌碑拓本集』より


昭和37年6月19日
十五日笠岡に来ました 笠岡にお出掛けのついであらば顔を見せて下さい 今年は笠岡城山に小生の歌碑を立てるといふ話が進行してをり、小生は多くの人に迷惑をかけてはすまない故と断わりましたが何でも立てなければならぬといふことで昨日城山へ場所を選定にゆきました 小生としてはよい場所が見付かりました 明日は白石へ石材を見に行きます 歌は
城山の上の広場をただ照らす朝日より見る町のある海
といふのはどうでせうか


昭和37年7月11日
お手紙拝見しました 歌碑の歌の批評をうけて他の歌にしやうかと思ひましたが あの歌は笠岡を詠んだ歌でやはりどうもこの歌が適当なやうな気がするので之に決めました かくべつな笠岡の美しさとかなつかしさとかには触れてゐませんが四句「朝日より見る」が歌の支えでありまして笠岡をほめた意も自然に出てゐると思ってゐます 結句は「海のある所」と素直に云うことにしました。
小生は本月二日高野山へ上り二泊しました 晶子の歌碑あり 例の「やは肌のあつき血しほに…」の歌が彫んであります 高野山も昔とはすっかり変ってゐるが此歌を選んだのは賛成できない 芭蕉の句碑あり「父母のしきりに恋し雉子の声」大雅堂之を書くと傳へられる、いと小さきものながらよいものであります 小生の歌
△一山の杉の大樹に父母のしきりに恋し句碑の小さく 比庵  


昭和37年8月20日
小生は15日に白石島へわたり歌碑の文字を直接石に書きました 石の上にあがり立ったまま大筆を揮ひました 歌碑は11月7日除幕式同じ作品展を催します


昭和37年9月21日
お手紙ありがたく、歌碑が城山頂上に建ちました、14日正午過ぎ白石島から笠岡へ運んで来て即日城山へ建ててしまいました 7日が除幕式だがこのやうなときは必ず貴兄に差支へが起る例たから、そしたらその前でも後でも都合のよい日に来て一度見てください、-後略-

昭和37年10月5日
ことはり主のみことが万障を排して歌碑除幕式に出席するといふこと故役目を一つ負はしてあげます、それは歌人代表として玉串を奉奠貰ふことです 歌碑とは言へども歌人の関係する処頗る少なく書家が多いので寧ち書碑とも称すべきものですがその少ない歌人の中で貴兄の出席は頗る重要故右御承知被下度

昭和37年10月9日
万障を排して除幕式へも作品展へもおいで下されありがたくありがたく久々で少しお話しが出来ると思ってゐたのに いつのまにか姿を消され甚物足らず思い米沢氏に聞いたところ大変なことが起った由…どうしましたその後の経過は、どうもお気の毒なことであります 明十日より一週間ほど伊予土佐方面へ旅行します










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