2007年9月
- YEBISU GARDEN PLACE 13th Anniversary Event -
『書(KAKU)~想い、筆にのせて~』を開催
9/24(祝)に濱崎道子が出演します。
詳しくは 、
ガーデンプレイスをご覧下さい
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比庵は歌人町長として日光の観光開発に努めるが、昭和14年5月、部下の多額のの使い込みという不祥事がおき、町議会で不信任案が持ち出されて辞職する。退職金の全てをその返済に充てたという比庵の心境は、
ほのぼのと暁おきのみそさざい囀るこえはきのふにかわらず
昭和17年、苦難を乗り越え、これからの芸術三昧の日々を考えていた矢先に追い討ちをかけるように妻鶴代が死去。この年、川合玉堂の賛助を得て「野水会」を創立、第1回を銀座紀伊国屋書房画廊で開催翌年第2回展を三越本店で、以後第15回展まで開催する。
昭和19年、戦禍を避けて笠岡町に疎開、再び秋良との交流が始まる。昭和20年には7通の葉書があり、いずれも敗戦後の世情を嘆く短歌で綴られている。
拝啓初孫を疎開せしむる為小生も終に当地へかへりました おひまの時おあそびにいらして下さい
△みち遠く文の通ひも絶えたれど逢ふときも来ぬふるさとなれば
△ふるさとにかへりきたれどふるさとに君がいますと思はざりしを
△ふるさとにかへりきたりてたはやすくふるさと人にあはまくは嬉し
S20・1・23
△国破れ山河はあれど万葉の魂を守るものを誰とか
△敗戦のそのもとよしをあげつらふ声はあれども己れを知らざりき
△敵を知り己れを知るといへれども己れを知るにありぬべからし
△いにしへの久米の子だちが名を負ひし弓矢のほまれ今にして絶えぬ
△いにしへの弓矢のほまれ万葉の魂にして傳へざらめや
△いにしへの弓矢のほまれ名を負ひしますらをぶりの芸術魂
S20・9・21