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横浜トリエンナーレ2005・アートサーカス[日常からの飛躍]が、9/28日にオープンした。28・29日には「展覧会とはなにかー空間と意志」開催記念の国際シンポジュウムがあった。パネリスト:アラナ・ハイス、ケン・ラム、ジョナサン・ワトキンズ、中原佑介。コメンテーター:カトリーヌ・グルー、安斎重男。司会:川俣 正。2日間とも興味深く参加した。

ルック・デルーのスパイバンク
コンテナを積み上げてアーチ状にした巨大な作品。
トリエンナーレ終了後も山下公園に展示するようだ


ビュラン・サーカス・エトカン『アートサーカス』
10/1までサーカス会場に入場できる。開場18:00 開演18:30
ワーキングホリデーの参加者は、稲刈りはまったく初めてという人ばかり。農家の方から手取り足取りの指導をうけて稲刈りに挑戦しました。初心者とは思えぬ見事な稲刈り風景は地元のテレビや新聞にも取り上げられ、地元の人も参加者も大喜び。景色よし、空気よし、人情よし、それと清らか水と取立てのやさいの料理、さらに温泉付きときているのですから、ワーキングと言うよりも温泉旅行といった気分になりました。が、一方では過疎化の進む村の活性化と棚田保存を願う関係者の熱き思いをひしひしと感じた二日間でもありました。

黄金色に実った棚田 根元に鎌を斜めに入れて刈る

稲を束ねるのが難しく何度も教わる

2人組みになって掛け声をかけながらの杭がけ

四ヶ村の棚田
四ヶ村ワーキングホリデーに行ってきました。四ヶ村(しかむら)は山形県の大蔵村四ヶ村。日本の棚田百選にも選ばれた景観に包まれながらの稲刈り体験をしました。いろいろな体験をしてきましたので、続きはまた明日。

講義風景 水野弥穂子先生の板書
月一度、愛宕山の青松寺さんで開かれる「お袈裟を縫う会」に参加させていただいております。水野弥穂子先生・古川治道師のご指導の下にお袈裟の縫い方を教わっています。水野弥穂子先生は、『正法眼蔵』の注釈などで著名な方ですが、先生のお人柄とでも申しましょうか和気藹々とした楽しい会です。今二つ目の絡子(らくす)に挑戦しています。11月の奉納会までには是非とも完成させたいと思います。
今回の講義は《搭袈裟の偈》についてでした。搭袈裟の偈とは、お袈裟を身に着ける時に唱える言葉です。まず、お袈裟を頭頂に載せて合掌し、三度お唱えした後にお袈裟を掛けます。
道元禅師はこの作法を目の当たりにして、感激の余り涙で襟元を濡らしたとの逸話が、その著『正法眼蔵』に記されているそうです。
《搭袈裟の偈》
大哉解脱服(大いなるかな解脱の服)
無相福田衣(無相の福田衣)
披奉如来教(如来-お釈迦様-の教えを披奉し)
廣度諸衆生(広く諸々の衆生を救わんことを)

モトモト無いモノは、無くナルコトガ無い。
楡林窟には、唐・五代・宋・西夏・元・清の時代に掘られた石窟が41あり、東岸に30窟、西岸に11窟がある。一般窟の入場料は全部合わせて45元であるが、特別窟の3窟は150元・4窟は110元・25窟は250元と非常に高いのは、楡林窟保護のための資金保護と、特別窟には余り人を入れたくないという意向らしい。


第3窟 西夏 五十一面千手観音 第16窟 五代 供養天女
『安西楡林窟』張建山著

第3窟配置-高野康男氏のメモ-
12窟…五代時代に造られた十菩薩と十弟子の塑像と唐代に描かれた壁画
13窟…正面には釈迦と二大弟子の像が祀られ、天上には釈迦の説法図や蓮の花などが描かれている。
15窟…この窟は、唐の時代に造られ宋の時代に修復されている。中央には釈迦と二大弟子、その前方 左右には文殊菩薩、その手前には供養菩薩の像がある。壁画は宋の時代の菩薩が描かれているが手の形が素晴らしい。天上には宋の時代に描かれたでんでん太鼓や飛天の画がある。etc…
16窟…入り口に供養者の夫婦像が向かい合っている。女性はウイグル人で桃の形の髪形で貴婦人の 衣装を身に着けている。
17窟…初唐時代に造られた中心柱造りになっている。柱の正面には釈迦、左側には未来仏、背面には僧侶、右側には過去仏が彫られている。入り口の像は1907年にスタインによって持ち去られた。
-[http://ikokunotabi.web.infoseek.co.jp/karahoto/kara7.htm] 参照-
楡林窟をもっと知りたい方は、東山健吾著『敦煌 三大石窟-莫高窟・西千仏洞・楡林窟-』(講談社選書メチエ74)をご覧頂きたい。

第25窟北壁 中唐 弥勒経変
敦煌を朝6時に出発し日の出を見ながら安西に向かう。安西までは高速道路整っているので快適に進んだが、その先、楡林窟までは未舗装のデコボコ道に揺られ、午前10時過ぎに楡林窟に到着した。受付に備えられたロッカーに、手荷物を全部預けての見学となる。案内は敦煌研究院楡林窟文物保管所の張増竜氏。張さんは日本語が上手で我々の質問にも丁寧に答えてくれる研究熱心な青年であった。塑像や壁画の見事さに時を忘れて見惚れてしまい、ふと気付くと午後2時近くになっているではないか。昼食も忘れて案内してくれた張さんに感謝し、充足感に満ちた気分で楡林窟を後にした。
写真撮影は一切禁止なので、写真は現地で求めた『安西楡林窟』張建山著から参考資料として使わせていただきました。

第25窟北壁 中唐 弥勒経変中耕荻

夏のシルクロードの旅で、最後まで「行きたい、行かれない」とガイドと話し合った見学先が「楡林窟」であった。楡林窟は甘粛省安西県の西南75kmにあり、踏実河峡谷の断崖に開かれた石窟群である。現在43の洞窟が残り、東岸に32窟西岸に11窟が設けられている。かつて楡林河の両岸に楡樹の林があったことから楡林窟の名前を得たと言う。楡林窟の造営に関する文献や碑銘はないが、石窟の形式から判断して初唐の草創とされるが、後に重ね描きされた壁画が多く見られ、現存する壁画の分類は、唐代4窟、五代8窟、宋代13窟、回鶻支配期1窟、西夏4窟、元代3窟、清代9窟となる。
今回見学できたのは第25窟(中唐) 第15窟(中唐) 第12窟(五代) 第13窟(五代) 第16窟(五代) 第3窟(西夏) 第4窟(元)の7窟である。
窟の様子や壁画については、また明日に。
9月10日 字家 天童大人の朗唱会「聲ノチカラ」を六本木のストライブハウスギャラリーで聞いた。字家って?朗唱って?の興味と期待に胸を弾ませてのライブ参加。
天童大人「Letter Scape-OVERLAY-」展によせてのパンフレットの一部を紹介すると、ー1984年に慈雲が大好き英文学者・壽岳文章先生に「字」を認められたことが契機になり、壽岳先生の所望で、朗唱家として声を発したところ、空海の重要な著述『声字実相義』から「音声と文字は、それぞれに心理の具現者である大日如来の表徳(表現)にほかならないと説く。」との教示を得た。空海に倣い、声と字とを併せ持って表現するものを「字家」とし、新しい世界を作る事も可能ではないかと考えた。ーとの説明に納得。
クリスタルボールの音叉と奥行きのある声のハモリは、チベット僧の声明にも似た、命そのものであった。

じゃがいもがにひきでかたまって ああでもない こうでもないとかんがえたが けっきょく ひとまわりでこぼこがおおきくなっただけだった ー石原吉郎詩ー
明日は総選挙投票日、一票を誰に投じましょうか?
渡邊沙鷗と近代の書ー 鈴木方鶴のまなざしー展が成田山書道美術館で開催中です。2005・9月3日(土)-10月23日(日)
☆講演会の案内☆
日時 9月11日(日)午後1時より
演題 鈴木方鶴の人と書
講師 佐野光一(国学院大学教授)
場所 成田山書道美術館

成田山書道美術館庭園

鈴木方鶴の書「和楽」

「愛の流刑地」ー冬香と菊治ー

チベットの風
台風14号が各地に被害を残しながら日本海北上の6日の昼、インターホンがなりました。受話器を取るや否や「はまちゃんいる?」と馴れ馴れしい声。「どちらさまですか?」と聞き返すと、「はまちゃんの友達、そう言えばわかるよ。」と口調が怪しい。一応「どちらさまですか?」と尋ねると、「〇〇だよ。」「どこの〇〇さん、どんな用事ですか。」とさらに聞き返すと、「建築関係の〇〇だよ。」「主人は今留守です。」ときっぱりと言ってインターホンを置きました。
表札を見て馴れ馴れしく話しかけてくる、こんな手口がはやってきたのでしょうか?お気をつけ遊ばせ!

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愛の文字をモチーフに

新庄祭の26日に、無形民族文化財の萩野鹿子踊が新庄城址で行われた。鹿子踊は七人一組で、一人が一匹の鹿子に扮する一人立の鹿子踊である。詳しくは、『萩野仁田山鹿子踊』昭和57年 大友義助薯

新庄城址 最上公園境内