知られざる美しき交流
―新発見の手紙と合作作品―
「川合玉堂と清水比庵」展 オープン!!
2008/5/13(火)-6/15(日)10:00-17:00
玉堂美術館・櫛かんざし美術館・いもうとやの3館
主催:玉堂美術館
ギャラリートーク
2008/5/31(日)13:30-16:00
会場:小澤酒造酒蔵 青梅市沢井2-770 沢井駅下車徒歩5分
1. 田中正史(小杉放菴記念日光美術館)「比庵歌の原点日光と歌人としての確立」
2. 宇佐美江中(日本画家)「御嶽時代の偶庵と比庵」
3. 座談会「川合玉堂・清水比庵の知られざる美しき交流」
・浦野榮一(文化財調査委員・俳人)・小澤恒夫(玉堂美術館館長)
・清水保夫(元青梅美術協会会長)・杉本 洋 (日本画家)・ 司会 清水義光 (美術家)
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桜がいっせいに咲きました。
花のオーラが夜空をほのかに明るくしています。

3月は慌しく過ぎようとしています。
ちょっと気になることがあります。近所の家の犬が姿をみせないのです。朝私がゴミ出しに行くと待ち構えていたように駆け寄ってきては、犬好きでもない私に甘えてくるのです。はじめのうちは知らん振りをして通り過ぎていたのですが、いつもいつもシッポを振りふり執拗に甘えてくるので、何時とはなしに情にほだされて頭やのどをなでながら声をかけてやるようになりました。すると喜んでピョンピョン飛び跳ねていつまでも甘えてくるのです。
2~3日前のゴミ出しの時にも我姿を見て駆け寄ってきたのですが、急いでいたので通り過ぎてしまいました。ところが、その後に犬の姿がありません。今朝も心配になり見に行き、フェンスをノックしたり口を鳴らしてみましたが何の音沙汰もありません。「どうしたんだろう。」庭隅にある犬小屋だけがポツネンとありました。最後に会った時に、あんなに後を追ってきたのに…と思うと後悔しきりです。

いつも新鮮な野菜を分けて下さるご夫妻が、この3月に揃って喜寿を迎えられるという。お二方ともたいへんにおしゃれで若々しく、どう見ても60代にしか見えない。「どうしてそんなにお若いの?」などと、ついつい口から出てしまう。「野菜を沢山食べているからかしら。」とさりげなく言う奥方様。かたえで耕運機で土を掘り起こしているだんな様。土を掘りが終わると待ち構えていたように、足取り軽く種芋の植え付けをする奥様。「じゃがいもの植え付けだけは、おばさんがしないと収穫に影響するんだよ。」とおっしゃるだんな様。要するに芋と芋の感覚が重要で、毎年奥様ならではの担当とか。二人の分担作業はタイミングが絶妙で、見ているだけで心地がいい。これぞ阿吽の呼吸というのだろう。
午後のひと時、春風に吹かれながらお二人の仕事ぶりを眺めていたら、沈んでいた心が少し晴れてきたようです。

♪♪夢であいましょう
夢であいましょう♪♪

3月は別れの季節。お世話になったあなたへ 「花」を送ります。

山下景子著『美人の日本語』(幻冬社)のあとがきに-「そこに美しいものがあるから美しいのではなく、美しいと思う心があるから美しいのだ」といいますが、「美しい」という言葉を知らなければ、美しいと思うことさえできません。心は、言葉を通じて通じて育つものなのですね。-とありました。
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言葉には言霊といって、魂があるとおもいます。『美人の日本語』には一年365日一日一語、口にするだけで心が綺麗になる言葉がのっています。ちなみに本日3月22日の言葉は貝寄風(かいよせ)。
昔は旧暦二月二十二日に行われていた大阪四天王寺の聖霊会の時、住吉の浜に吹き寄せられた貝がらで造花を作ってお供えしたことから、この頃に吹く風のことを貝寄風というようになったそうです。
ちょうど今ごろ、浜辺では風が貝を打ち寄せる頃で、貝寄風(かいよせ)に吹かれながら潮騒を聴きたくなりました。
浅田さんから問い合わせがあったので、深大寺歌碑についての比庵の随筆を紹介したい。
「窓日創立45周年記念とし 同時に窓日の拠標のやうなものにしようと計画した。深大寺のご本尊様に窓日の将来を祈念する意味を忍ばせて「みほとけありがたや」詠んでいる。ところでこの歌碑はまた、作者小生にしてみれば之は小生の芸術の作品の重要なる一つであって 歌も書も小生の芸術として天下に問うという意気込みを以って作ったものであるが、歌碑の場合はそれに加えて、その材料の石と石工の技量を揃ヘねば芸術作品とならぬ。その石はわがふるさとの岡山県高梁山に埋っていた大石を自然のままなんの細工も加えずに用ひてある。またその石工は上杉儀一是又高梁の産で小生も高梁の産で皆高梁の産で三者が協力してこの芸術の作品を完成させし日本一と小生が折り紙をつけた名工であって深い意義がある。またこの歌は仏さまを蕎麦屋まで誘い出して一所に蕎麦を食べてをるともいふべき 親近感を籠めて詠んだもので「ありがたや」といって仏さまを崇敬すると同時に蕎麦のうまさを語って仏さまに近付いているが、之は歌だから出来るので散文で書いたらなかなか近付き難いのである。歌人は之を心得て歌を大切に取り扱うべきである。」
また、深大寺さんとの関係については、清水明子著『清水あけくれ』に、次の一文がある。
「昭和49年10月、「窓日」短歌会創立45周年記念として、東京都調布市の深大寺に歌碑が建立された。天台座主であった日光輪王寺菅原栄海門跡様のお口添えがあったときいている。
門前の蕎麦はうましと誰もいふこの環境のみほとけありがたや
九十二叟清水比庵
父は数ある歌碑の中でも力の入った自信作だと言っている。10月6日に序幕式と祝賀会があったが、大変盛況で父は来賓や会員に囲まれて終始にこやかだった。」

春荒れのあしたに、こぶしの花がいっせいに咲き誇りました。
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久馬栄道著『けさと座禅』を読む。お袈裟を縫う会に参加していながら、いろいろ疑問に思っていたことがようやく分かり、すっきりとした気分になる。著者は愛知県一宮市成福寺副住職。愛知学院大学で数理論理学、情報科学を研究するかたわら、宗教と哲学の研究を行なっているという 。初心者にも分かりやすいまとめ方で、参考になった。
http://www.eido.jp

ときには母のない児のようにすねて甘えてみたき春宵 冬虹

「もうひと花、舞台で」という見だしの記事を見る。「蜷川劇団で55歳以上の劇団員を募ったところ、1.116人の応募があり、その中から20人が選ばれるという。老いることの苦悩葛藤を告白するせりふが課題で、審査が15日間続く」と。
どんな人が応募するのかな…?と思って、先日の研究会で話題にしたところ仲間内にも2,3人応募しようかな…と考えたという人がいた。年齢を重ねても、いや歳を重ねたがゆえに何らかの形で自己表現をしたいという願望が強くなり、「もうひと花、舞台で」との想いに駆られるのかも知れない。ちなみに私も「できれば応募してみたいかなー。」と思った仲間の一人でした。

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「色は匂へど散りぬるをわが世誰ぞ常ならむ有為の奥山今日越えて浅き夢みじ酔ひもせず」
涅槃経第十三聖行品の偈「諸行無常、是生滅法、生滅滅己、寂滅為楽」を和訳したものという。ー岩波書店『広辞苑』参照ー

松田の河津桜を見てきたという方数人に、みごとな花の様子を聞きました。まだ観たことがない私は、せめて想像力を働かせて、書の「さくら」を楽しみました。日没から午後9時までライトアップされているそうですね。
”一輪の花で世界の春を知る”

毎月一回の青松寺授戒会事前講座には、どうにか皆出席することが出来ました。11日をもって最終会となります。10回目の本日の演題は 『僧であり医師の立場から戒と命を観る』 講師は対本宋訓(つしもとそうくん)老師。開始:午後1時30分。場所:青松寺観音堂(港区愛宕2-4-7)
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「身体の病気を診る医師と心のケアをする僧、この二つの立場を一人の人間が併せもって患者さんに寄り添えば宗教と医療に新しい可能性が生まれる。そんな思いと願をもって僧医を志しておられる対本老師が現代の生死の現場からの戒と命についてじっくりとお話くださいます。」ー青松寺会報よりー
いよいよ4月から授戒会が始まります。
初級華式太極扇を習い始めました。片手で扇を開閉するのが思うに任せません。要領の悪さを棚に上げ、手の小さいことを言い訳にするのもそろそろ卒業かな。扇面をさばく響きが心地よく、ストレス解消にも一役かっています。

扇面をさばく響きの潔さ 冬虹

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甲骨・金文・中国古代思想等を勉強しています「中国古代文化研究会」の活動は、今年で10年目を迎えます。昨年は1年間かけて屈原の楚辞に取り組み、この3月には『離騒』の劇化を終了したところです。
2006年の活動計画も決まり、只今参加会員を募集しています。活動の内容は、初めての方にも分かりやすく、かつ、意見交換がし易いように会員参加型形式で進めて参ります。興味関心のある方は、ぜひこの機会に参加してみませんか。試しにちょっと覗いてみるのもよろしいかと存じます。なかなか聞けない内容ばかりです。
2006年度の活動内容
5月…甲骨学の四堂、羅振玉と藤田豊八について
安陽・殷墟遺跡のスライド―
6月…戦争と平和を語るー東アジア戦跡を訊ねて―
7月…中国研修報告―
9月…甲骨文「数算暦法」・算数―
10月…十干十二支―
11月…旬日(10日の占い)―
12月…ヨーロッパ・書の交流―
アメリカ・書の交流―
1月…夕(夕べの占い)―
2月…月食・日食―
3月…中国文学・思想における「影」―
連絡先:未知の会
3月10日午前1時からNHKラジオ深夜便で、斉藤季夫アナンサーのインタビーに答えて、海上雅臣氏が「東京大空襲と井上有一」を語ります。そこで朗読される井上有一書「噫横川国民学校」は、61年前のこの日のこの時刻に、隅田川沿いの下町で約10万人が一夜のうちに死亡したありさまを書き残したものです。これを書く為に生き、焼け跡を原点とした「賓」に生き、あくまでも「自分の言葉を書けば書は生きる。」と言い続けた井上有一の生き様を語る番組である。

『井上有一絶筆行』より
守貧揮毫
六十七霜
欲知端的
本来無法
八二・十月廿七日
有一

ホームコンサートの会場を飾る「書」
友人宅のホームコンサートに「書の出前」を試みた。落水紙に薄墨で「さくら さくら」などを書いて天上から吊るしてみる。じつは、2日前にこの場所で「篠笛と鼓」のコンサート聴いた。その時、「背景に書があれば、もっと演奏が生きるのになー。」と思ったのがきっかけで、友人に相談してみたところ快く受け入れてくれ本日の「書の出前」となる。出演の二方とは細かな打ち合わせをしたわけでもなかったが、春にちなんだ曲目やソプラノとピアニストの衣装にも書が違和感なく響きあい、柔らかな雰意気のなかでのコンサートになった。もちろんソプラノとピアニストとの力量あってのことは申すまでもないのだが。
そもそも、書も音楽も時間と空間が織り成す心の琴線の芸術という点においては共通し、その二者が互いを活かしながら相乗効果を生み出して行くのであれば、それに越した事はないので、今後も「書の出前」のリクエストがあれば、喜んでやっていきたいと思う。

いよいよ3月。 いやいや、もう3月なの?
こんな「愛」があってもいいよね。
めげずに ガンバッテね!!