濱崎道子 書の世界


2007年アクション

1月  濱崎道子小品展 
    2007年1月9日(火)ー21日(日)
2月  冬の九寨溝とミリヤコンガ山の旅
4月  アート&クラフト 寺家回廊   終了しました
     4月5・6・7・8日/横浜・寺家町周辺
5月   スペイン武道セミナー・サラマンカ大学で書の講演と大字揮毫
     ポーランド日葡大で講演・JICA終了式会場にて大字揮毫
6月  チェロ・ピアノとのコラボレーション
     6月9日(土) 山形市・文翔館
7月  比庵の歌・比庵の絵・比庵の書
     ~今良寛と親しまれた~
     「清水比庵の芸術」展

    9日-14日 日本橋・小津ギャラリー

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2007年03月27日

アート&クラフト 寺家回廊

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横浜市青葉区寺家町には若いアーチストたちが工房をかまえ作品つくりに励んでいます。今回初めて4日間限定で、寺家町内の工房、ギャラリーを一般公開します。各工房では作品の展示があったり、体験教室があったり、作業場を覗けたり、作り手と話ができたり。マップを片手にそれぞれの寺家町をご覧ください。
                  
~「苗万坂は花ざかり」~ 
寺家回廊開催中に「アトリエ未知」では、書の展示・ワークショップ・ミニ書の即売などがあります。散策がてら遊びに来てください。
オープンハウスは、4月5.6.7.8日 11:00ー17:00です。

2007年03月23日

歌と画

昭和31年、比庵主宰短歌誌『下野短歌』の「駒込だより」に次の一文がある。
「雨戸さし夜のこたつの籠りたりさびしといふか楽しといふか」此の拙歌に玉堂先生の燕脂で描いた意気で派手なこたつの画を添えたものが野水会出品の中にあったが、これは友人のK氏が買ってくれた。此合作で歌と画とどちらを先にするかといふ質問をよく受けるが、之は勿論歌の方が先である。長者を後にすることは礼儀である。玉堂先生は自分の画を讃する場合でも歌を先にしられる。而して歌を大きく書いて之を主体とし、之に画をからませる。之は先生の始めた方法であるといっておられる。実際にもその歌に画をからませることのうまさ、前述のこたつの画なども歌の枯れたところを救って飽くまで派手に、しかし意気で品位のある画を歌の文字に少しだけ掛けてある。その味をK氏もほめて買ってくれた次第である。今回の野水会では、小生の画を一枚アメリカ人が買ってくれた。
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玉堂画 比庵歌
「あかねさすあかとき空にきほひつつ大きくさける朝がおの花」

2007年03月21日

川合玉堂と清水比庵の交流

7月の「清水比庵」展の開催にあたり、比庵と玉堂の交流の様子を聞たり書簡を見せてもらったりしている。先日、玉堂の書生をされたという宇佐美江中画伯にお話を伺うことができた。画伯は昭和23年から最後の内弟子として10年間玉堂に仕えた方である。比庵と玉堂との邂逅は昭和16年頃より始まり、昭和32年玉堂の亡くなるまで16年間親交を重ねている。比庵は月一度の御嶽の偶庵亭(玉堂書斎)を訪れることを唯一の楽しみとしていたが、多忙な玉堂もその日は「今日は大切なお客さんがあるからと。」といって来客を断り、二人の風流人は子どもがままごと遊びをするかのように、画を描き歌を詠み、互いに至福の時を楽しんでいたという。比庵は既に画壇の第一人者であった玉堂を神のごとくに尊敬し、玉堂もまた比庵の自在なる芸術境をこよなく愛し、二人の関係は全く同等であった。当時、玉堂を先生と呼ぶ人は多くあっても、玉堂が「先生」とよび称したのは、唯一比庵だけであったという。玉堂が比庵に短歌の添削を受けた書簡も数多く残されている。二人の芸術境は互いに影響し合い、玉堂の描く画に比庵の歌を書いた合作が多く残されている。

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玉堂画・比庵歌(多摩川の白瀬のみゆるやまのうえの若葉の間より黒き蝶とぶ)
                     ☆
           時を越え よみがえる日本の自然
              没後50年 川合玉堂展
       東京・日本橋高島屋8回ホール にて4月2日まで

2007年03月18日

故宮博物院

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台湾故宮博物院特別展を見た。何年に一度しかお眼にかかれないお宝が一同に展示されるのだから何が何でも見たい一心で急遽台北に飛んだ。3泊4日の慌しい旅であったが連日故宮博物院に足を運び、一つでも見落とすまいと思い結構熱心に見た。
地下1階から3階までの広い展示会場の膨大な数の作品が、かつて、困難を乗り越えはるばる大陸から渡ったことを思うと複雑な思いもある。特に関心を持って観たのは、特別展「大観ー北宋書画展」・「大観ー北宋汝窯特別展」・「大観ー宋版図書特別展」と常設の「古典文明-銅器時代」の青銅器である。写真や拓本などで眼にしているものも多いが、まじかに実物を観ていると全く違ったもののように見えてくるのが不思議であった。特に気に入った作品の前でじっと対面していると、今までに気づかなかった点や線が浮かびあがってきたり、彫りの深さや墨色輝きが生き生きと甦えり、自分と一体化していくような錯覚のにとらわれながら、至福の時を過ごした。

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           故宮博物院正門の「天下為公」の額は孫文の書
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緑うっそうとした山を背景に新装の故宮博物院は静かで堂々とした佇まいを見せている

2007年03月13日

2007年03月11日

民宿

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民宿のおかあさん、美人で働き者。朝起きるをまずはストーブに火をいれそれから居間の掃除をする。基本的にチベットの人は几帳面できれい好き。この家の食器類はご覧のようにピカピカに磨かれている。
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チベットでは代々女性が家を継ぐ女系家族。お母さんには長女と長男の2人子どもがいるが、長女が婿をとって家を継ぎ、長男は家を出て道孚という町で教師をしているそうだ。
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                    家族団らん 近所の人も集まって
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              左がスランさん、その右がスランさんの長男
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我々の食事はスタッフが食材を調達持参し調理をした。加えてスランさん家族の自家製のチーズ・ソーセイジ・ヨーグルト・燻製・バター茶などいろいろとご馳走になった。ここ六巴郷では、ニワトリの卵は貴重品とか。牛・馬・犬はいたが、ニワトリはイノシシやタカなどに狙われるので飼育出来ないそうで、スタッフの持参した卵を喜んでいた。夕食時は、太陽電気だけでは充分でない分、ローソクでまかなっていた。少し不便だけど、こころ暖まるともし火でした。

2007年03月08日

子梅峠からミリヤコンガを望む

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                                     11.02.07
子梅峠に到着したのは、午後1時過ぎ。天気は上々。眼前に迫るミリヤコンガの頂にかかる雲の晴れ間を待ち、その一瞬を逃さずに一斉にシャッターを切る。山襞の陰影の深さに見とれていると、急に霰がふってきた、と思うや否や忽ち吹雪き始めた。あまりの強にその場に座り込みじっと過ぎ去るのを待つ。風の合間をみて軽く昼食を済ませてから下山することにする。峠には1時間ほどいたのかな。山登りの経験もない自分が、4700mの地点で7556mの聖なる山を眺めることが出来るなんて、全く夢の夢のようだ。
来た時は馬だったが、下りは馬に負担がかかるので、平坦な処まで徒歩で下ることにする。雪が深く歩き難かったが、先ほど見た山の凄さを思えば何のことはない。怪我をしないように集中して下りた。
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                      子梅峠から3km先のミリヤコンガ
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                             子梅峠で記念写真を

2007年03月04日

馬に乗って

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朝からミリヤノンガを間近かに見にゆく準備が始まった。初めの予定では雪が多く、四輪駆動車では無理なのでトラクターに乗って峠まで登る予定だった。ところが、トラクターでも危険なので急きょ馬で行くことになった。12戸の村から7頭の馬と馬子が集められ、いよいよ出発となる。短時間での変更手配も民宿の主人スランさんの采配で、家族総出といったところ。私担当の馬子は17歳の愛くるしい少女。馬も小さく、毛布一枚で設えた鞍が尾骶骨に当って痛い。が、とにかくいわれるままに3時間の馬上の人となる。
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                             いよいよ出発。
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  小春日和の天気で、碧い空と雪山のコントラストが実に美しい。
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峠に近づくにつれ道も険しくなると、「一歩も進まないぞー。」とストライキを起こす馬も出てくる。
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途中、動けなくなったバイク青年に会った。彼は4700Mの峠むこうの村まで行くのだという。この先行ったどうするのだろうか?馬上から案ずるのみの自分。
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ついに待望の峠に到着。感激の一瞬である。
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まずは、旅の無事に感謝して、タルチョを右廻りに3回れ廻るのがチベット人の習慣である。
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馬に乗っているだけでもシンドイのに、歩きっぱなしの馬子方はさぞかし疲れたことだろう。それなのに皆ニコニコして「大丈夫、大丈夫」と言っている。 
               ☆
子梅峠に着くやいなや、眼前に迫るミリアコンガに釘付けになる。

2007年03月03日

玉流渓谷村・銭華台2

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                             玉流渓谷村・銭華台
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玉流渓谷村・銭華台の川底は、「黄龍」と同じ石灰の堆積したもので見事に波型を呈している。川のほとんどが渇水しているが、極一部に池のような水タマリが残っていて、風が吹く度に水底の波紋が揺れて、えもいわれぬ情景であった。今は自由に入れる銭華台も、何年後かには「九寨溝」のように国に管理されるのではないかとの懸念もあるのだが…。ともかく、桃源郷のような場所でありました。
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                            石灰の堆積した川底
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2007年03月02日

玉流渓谷村・銭華台

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      六巴郷上木挙村         民宿したスランさんの家
朝外に出てみてびっくり。昨夜到着した家はこんなにも立派でした。3年間かけて家族で手作りしたそうだが、細かいところまで配慮された見事な家である。今は2階までしか完成していないが、来年みんなを迎えるまでには、3階まで完成させるという張り切りぶり。この村は何の変哲もないように見えるが、なかなか裕福らしい。と言うのは、近くの山々は漢方薬「冬虫夏草」の産地らしく、その時期になると村は賑わい、村人は何日も山に入って冬虫夏草採りが続くそうだ。恐らくいい値で取引されるのだろう。
近くの渓流では、水汲みや洗濯をする人が働いている。散歩しているどこからともなく村人が集まってくる。「タシデレ!」と声をかけると、最初は恥ずかしそうにしているが、しだいに打ち解けニコニコしている。
今日は、この家の長男と姪御さんの案内で車で30分ほどの「玉流渓谷村・銭華台」を観にいく。この渓谷は夏には水が流れているので、この冬場しか渡ることが出来ない、未だ全く観光地化されていない秘境である。案内の石さんも初めてというので、興味津々であった。
ozimei2s.jpg ozimei3s.jpg                          案内は長男と姪御さん
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     標高4300mの銭華台から、遥かにミリヤコンガの頂を望む





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