知られざる美しき交流
「玉堂と比庵」展
―新発見の手紙と合作作品―
2008/5/13(火)-6/15(日)10:00-17:00
玉堂美術館・櫛かんざし美術館・いもうとやの3館
ギャラリートーク
2008/5/31(日)13:30-16:00
懇親会 50名 要予約
申し込みは「ままごと屋」に電話かFAXで
TEL0428-78-9523 FAX0428-78-8143
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♪ 奏♪
祝・ピアノフォルテ開所記念
ホームスタジオ「ピアノフォルテ」開所記念コンサートのための作品「奏」。
今日、明日が花見日和の絶好調でしょうか。
天気予報が外れたのでさくら並木を散策しました。
花はもちろんのこと、凛とした幹の美しさにも魅か
れました。



・向き向きに花房垂れる雪柳 狂おしきまでいのち輝き
・狂おしくのたうつ花房はずっしりと 昨夜の雨を含み輝く

雨上がりの朝は風もなく穏やかな日和です。
雪柳のあまりのパワーに圧倒され、歌を詠みました。

せっかく咲きかけた花も冷たい雨に震えています。
明日天気になーれ!!
☆



・

今朝はバードウオッチングを楽しみました。08.03.23
日々の雑事に追われるまま、あっという間に月日は過ぎていきます。「お元気ですか?」と、そっとささやいては、けっして戻ることのないあなたの音信を待っているのです。

無 事

花を風にまかせ鳥を時にまかすも布施の功徳なり 一光

こぼれ種子 いつしら二葉持ち上げて
タデ藍向き向きに 春風纏う 一光
比庵・玉堂書簡にどっぷりの毎日です。画の聖(ひじり)玉堂が短歌を詠んでは、歌人比庵に「御批正願います。」という手紙を、15年もの長きに亘り送り続けたのでした。

あたたかくまたは
寒くて風も吹き
雪も降りしか
梅も咲きけり
比庵八十九
東京大空襲から63年の今日、各所でさまざまな行事追悼行事が行われている。現在、「玉堂・比庵」の往復書簡を読んでいるが、今から63年前の4月25日夕に清水比庵が川合玉堂に当てた手紙の一節に、大空襲の状況下の句がある。
「ー略ー先日 東都句友句を寄せ来る 空襲下の状況見るが如くに 序に御一覧を願ひ候 敬具
・変わる世の 焦土に上る 春の月
・桜咲き きのふの巷 また空し
・麗かに 焦土を護る 神在す 」
清水比庵が川合玉堂に当てた手紙は、戦況激しい昭和20年の1年だけでも31通にも及び、その後、玉堂が亡くなる昭和32年まで交流書簡は、とうに150通を越すのである。
(昭和20年頃は、比安を使った)
40周年記念行事の一環として校名版を新しくするので、その揮毫を頼まれた。先日、彫り上がった校名版の贈呈式に出席した。黒御影石に深彫りされた文字は、紙に書かれた筆文字とは趣を異にし魅力ある校名版に仕上がっていた。
700名ほどの児童の前で何か話しをするように言われたので、ただ話しだけでは聞いてくれないのかなーーと思い、巨きな筆と大字揮毫をしている写真等をパワーポイントに入れて行って見てもらうことにした。先ずは、巨大筆の紹介。筆を持った児童はこわごわと持ち上げ、「重いです。」と言ってた。「5kgはあると思う。これに墨を含ませると10kg以上になるかな 。」と言うと皆ビックリしていた。
次に、私が常日頃行っている大字揮毫の様子や作品等をスクリーに大写しにして見てもらい、最後に校名版について話した。「校名を書くに当っての準備として、どんな書体にしようかな?大きさはどうしようかなーーとかをさんざん考えて書くんだよ。」と言って、いろいろな書体や字形のさまざまをスクリーに写し出されると、これまた興味を示してくれたのでとてもありがたかった。「こんなふうにして出来た校名版の文字は、みんなの見慣れた楷書ではないかもしれないけど、私がいろいろ考えて、この学校に似つかわしいと思った文字なので、校門を通る時には、時々見てやってね。」と言う話しもした。紙書き以上に魅力ある校名版に仕上げてくださった石材店さん、ありがとうございました。久しぶりに大勢の児童に会い、大きなおおきな元気をもらったように思う。

紹介した筆
50年前に中学を卒業した同期が集いました。雪国生まれの仲間207名の内28人の参加。(既に21名が亡くなっている)
50年振りに会った人の中には、名前や顔がなかなか思い出せない人もいたが、ふるさとの訛りの新庄弁でしゃべっているうちに、その頃の出来事が走馬灯のように思い出され、半世紀の時間を飛び越しての会話が弾み旧交を温めることができました。
翌朝9時からの市内観光には、飲みすぎの人、カラオケで歌いすぎた人、おしゃべりをしすぎた人も皆元気に参加し、山下公園散策や三渓園での観梅を満喫しました。
「俺だず、まだまだ若げんねがーー。もう10年ばっかす頑張れっぺやーー。」「ほんて きていがったやー。 おもしぇがったやー。」と口々に言いながら、明日へ力を確信したのでした。
短い時間ではありましたが、ホッコリとしたぬくもりに包まれた15歳の少年少女に戻ったひと時だったかな…。昼過ぎには別れを惜しみつつ、再会を約して横浜を後にしたのでした。
幹事さん、お疲れ様!!本当にご苦労様でした。

三渓園・合掌造内の囲炉裏
かわせみを初めて見ました。長い望遠レンズを構えたおじさんたちの緊張した沈黙とは裏腹に、穏やかな春風に身を任せ、水ぬるむ川面の細枝を揺らしています。私もしばし足を留め、コバルトブルーの美しさに見とれてしまったのでした。 08.03.02 町田・境川


心の背丈が伸びる
源氏物語に登場する女性たちは、のちに出家することが多い。出家することを相手の男性に相談すると殆んどが反対されるので黙って自分ひとりで決めることが多かったようだ。それまで自己主張の機会も少なかった女性も、一旦出家を決めることにより覚悟が出来て、「心の背丈が伸びた」ようだ。
今を生きる私達も、丹田に力を入れてジッと踏ん張ることで、「心の背丈」を伸ばしていきたいものである。